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中年主婦の道楽な日々


by 鬼灯 (きちょう) ~ funka_omi~
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内田百閒 『ノラや』 再読

ノラや (中公文庫 M 77-3)

内田 百けん / 中央公論新社

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『ノラや』は、失踪した飼い猫「ノラ」捜索の顛末とその後に家に居着いた猫「クル」に寄せた百閒先生の愛猫日記(としておこう)様の随筆である。


百閒先生は野良猫の子どもを飼い猫にし「ノラ」と名付けて溺愛していた。
ノラのご飯は新鮮な小鯵と高価な牛乳(普通の牛乳は飲まないのだ)、時々寿司屋の玉子焼き。
ずいぶん贅沢をさせている。
百閒先生曰く「(猫も)衣食足りて礼節を知る」なのだそうだ。

けれど2度めのサカリの時期に家を出たきり、ノラは帰ってこなかった。
落胆した先生は悲しみで仕事も手に付かず、不眠症になり毎日泣いて過ごしていた。
ノラの寝場所であった風呂場の風呂蓋に顔をつけ、「ノラや、ノラや」と呼んでは泣く。
襖の陰、庭の繁みにノラの姿を、愛らしい声を思い出しては、また泣く。

迷い猫の張り紙をし新聞に折込広告を出しNHKラジオでまで放送されたりで、町中大勢の人々を巻き込んでの大捜索となる。

警察からまでも猫情報が届いたりするのだから、当時の東京下町がいかに人情味があって、人と人の関わりが近かったかがわかる。

目撃情報を得て確認に行くのは、細君だったりかつての教え子たちであった。
時には、すでに死んでいて土に埋めてあるのを掘り返して確認したりもした。

百閒先生は指図をするばかりで、自分では出かけて行かない。
誰かが確認に出向いている間、部屋でひとりノラを想って泣き続けているのである。

いいトシをした大の男が、である。
気持ちはわからないではないが、情けなさ過ぎる。
だいたい、他の随筆を読んでみても、百閒先生は自分本位で我儘で、まるで子どものように自制が効かないのだ。

それでも多くの人たちが、先生のために骨を折ってくれる。
腹立ちながらもなぜか憎めなくて「しょうがないな」と、つい手を貸してしまう。
男も女も教え子だろうが関係なく、先生を構わずにはおれない。
愛すべき「百鬼園ぢじい」である。

百閒先生こそ「猫」みたいだなと思う。


さて、手持ちの文庫は10年以上前に、どこかの古本屋の店頭で買った本である。
なので、頁は茶色く日焼けし蒸れて膨れている。
所々、読み途中のために頁の下端を三角に折った跡がある。

でもこういう「古本」も嫌いじゃない。
時には巻末に短く感想が書いてあったりする。
きっと読書好きの人が夢中で読んだのだろうと思うと、嬉しくなる。
by gin_no_tsuki | 2012-10-31 23:12 |